札幌地方裁判所 平成6年(ヨ)31号 決定 1994年2月08日
債権者
株式会社玉川組
右代表者代表取締役
玉川進
右代理人弁護士
曽根理之
同
田中宏
債務者
株式会社北方ジャーナル
右代表者代表取締役
寺本雄一
主文
一 本件申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一 申立て
一 債務者が所持している債務者発行の「北方ジャーナル一九九四年二月号」の占有を解いて、札幌地方裁判所執行官にその保管を命ずる。
但し、右執行官は、債務者の申出があるときは、右雑誌中に、この項(別紙一抹消箇所目録記載部分)は札幌地方裁判所の決定により切除または抹消を命じた札幌地方裁判所執行官と刻んだゴム印を押捺のうえ、右雑誌の保管を解きこれを債務者に引き渡すことができる。
二 債務者は、前項の雑誌について、目次のうち、「浜垣前市長&玉川組『恵庭利権漁り』夢の跡」との部分、及び、別紙抹消箇所目録記載部分までを切除または抹消しなければ、これを頒布販売してはならない。
第二 事案の概要
本件は、債権者が、債務者発行の月刊雑誌「北方ジャーナル一九九四年二月号」に掲載された債権者に関連する記事が、およそ真実とは異なり、ことさらに債権者を誹謗中傷してその名誉を著しく毀損する内容であるところ、既にその一部が頒布・販売された後ではあるものの、今後更に販売が継続されることにより被害が拡大おそれがあるとして、人格権に基づき右雑誌の在庫品の執行官保管及び販売差止めを求めた事案である。
第三 当裁判所の判断
一 本件疎明資料に審尋の全趣旨を総合すると、以下の事実が疎明される。
1 債権者について
(一) 債権者は、昭和三八年四月に設立された土木建築請負等を業とする会社である。現在の資本金は一億円であり、北海道恵庭市に本社を置き、札幌市及び広島町に支店を、全国六か所に営業所を設けている。
(二) 債権者の主な取引先は、国(北海道開発局)、北海道(各土木現業所、各支庁)、恵庭市などの官公庁のほか、大手土建会社である。平成四年度総売上高約六三億八九〇〇万円中、工事請負契約による売上は約五三億円で、官公庁発注にかかる工事はその約半分の約二五億ないし二六億円である。そのうち恵庭市からの公共工事等の受注額は平成元年以降年平均約四億円で推移している。
2 債務者について
(一) 債務者は、月刊雑誌「北方ジャーナル」を出版・販売している会社である。右雑誌の月間総発行部数は、公称約三万五〇〇〇部といわれ、北海道全域及び青森県の一部を販売対象地域としている。
(二) 債務者は、右月間発行部数中、バックナンバー販売目的で約五〇部、保存の目的で約二〇部程度の在庫管理をしている。
3 債権者関連記事の北方ジャーナル誌への掲載
債務者発行の北方ジャーナル一九九四年二月号(以下「本件雑誌」という)は、平成六年一月一四日、前記販売対象区域で発売が開始された。債務者は、本件雑誌目次欄に「浜垣前市長&玉川組『恵庭利権漁り』夢の跡」と記載し、同誌三八頁ないし四一頁に「汚染に触れぬ恵庭市議会浜垣前市長・玉川組利権漁りの夢の跡」と題する記事を掲載した。そのうち、債権者に関する内容部分は別紙二記事内容一覧表記載のとおりである(以下、別紙二記事内容一覧表記載の記述を個別に称するときは、同表の番号に従い「本件記述1」のようにいい、これらを総称するときは、「本件記事」という)。なお、本件雑誌の在庫数は一〇〇ないし二〇〇部である。
4 本件記事の表現内容及び裏付取材の有無等
(一) 本件記述1中の債権者の恵庭市からの公共工事年間受注額の記載は、前記1(二)記載の実際の受注額年間約四億円と異なっていて事実に反する。
(二) 本件記述2は作成名義等を何ら明らかにせずに、債権者が実施した恵南柏木通漁川橋橋梁整備工事を不正工事であると決めつけた投書(本件記述中の「バクロ」文書)のみに基づき作成された記事である。すなわち、右工事については会計検査院による書面検査及び現場検査によっても何ら不正工事等の指摘事項はなかった。また、恵庭市役所建設部道路建設課の調査によれば、右投書の記載内容は、いずれも誤解ないし右工事の特殊事情を全く無視した一方的なものであって、そこで指摘されている不正な点は、いずれも事実に反する。また、右投書及び本件記述2においては、専門家に対する取材をしているかのように印象づける記載がなされているものの、取材の有無は明らかではない。債務者は、恵庭市役所等に対する裏付取材等常識的に見てもなされてしかるべきと思われる資料収集をしていない。
更に、本件記述2には、右工事の不正は工事計画の変更という形をとることによって伏せられた旨の記述があるが、計画変更の事実はなく、これも事実に反する。
(三) 本件記述3に記載されている七〇〇〇万円の補助に関し、債務者は審尋期日において、右金額は、五三九九万一〇〇〇円の誤記である旨認めた。同記事中の「玉川組の子会社(造園業)」は有限会社恵庭花園を指しているところ、債務者は、債権者と右恵庭花園との資本構成等の関係を明らかにしないまま債権者の子会社と断定している。そのほか、そもそも右記事中の補助金は、農林水産省が実施している高品質生産流通合理化促進対策事業の一環として、農業従事者もしくは農業生産法人のみを対象とするものであって、本件記述3が指摘するような古タイヤ活用のための資金としてはおよそ交付されない性質のものであるにもかかわらず、債務者はその点について恵庭市に何らの取材もせずに本件記述3の記事を作成した(なお、平成五年一一月施行の恵庭市長選挙に際して配布された佐々木藤雄作成名義の「公開質問状」と題する書面が、恵庭花園を債権者の子会社であるとし、かつ、同社に対する七〇〇〇万円の補助金交付について疑問を投げかけているところからすると、本件記述3の基礎となったのは、右「公開質問状」のみであったと考えられる)。
(四) 本件記述4記載の浸水事故に関しては、債権者による宅地造成後の建設業者に対し債務者は取材したとしているものの、当該被浸水者である建物所有者に対しては取材をしていない。
また、右浸水事故が発生した清永団地の所在は、真実は、恵庭市幸町及び文京町であるところ、これと本件記事との齟齬については、債務者は誤記である旨認めている。
(五) 本件記述5記載の「SK測量」は、真実は債権者の関連会社である有限会社テーエス測量と記載すべきところ誤記したことは債務者も認めている。しかし、債務者は、恵庭前市長と債権者の先代夫人との関係については、その判断根拠及び資料の有無等につき何ら主張・疎明をしない。そのほか、債務者は本件記述5により、右テーエス測量が、公共事業に関する情報を先取りするために債権者の触角として機能していたこと及び恵庭市の談合体質を指摘したと主張するものの、その判断根拠については、債権者の関係者が役員を勤め、株式を有していること及び近時のいわゆるゼネコン疑惑等の報道からみて、どんな小さな自治体でも談合体質があり得るという点を指摘するに止まっている。
(六) 本件記述6には、債権者のグループ会社として複数企業ないし病院等が列挙されており、債権者はその系列企業性を否定しているにもかかわらず、債務者は単に「債権者の主張する系列企業よりも広い範囲で考えている」旨審尋時において説明するのみで、判断根拠等について何ら合理的説明をしていない。
二 被保全権利及び保全の必要性について
1 被保全権利について
そこで、右一1ないし3の認定事実に基づき、本件記事が債権者の名誉を毀損する性格のものか否かについて検討する。本件記事は、債権者と恵庭前市長の癒着には根深いものがあり、債権者が恵庭市からの公共工事の不公正な受注や事前情報等の前市長からの開示により莫大な利権を得て富を築いたかのような印象を与えかねない内容であると認められ、これに本件雑誌の目次欄及び本件記事表題部のセンセーショナルな内容ならびに本件記事中の表現が伝聞と断定とを織りまぜた極めて巧妙な形式であることを併せ考察すると、本件記事は債権者の名誉を毀損する性格のものであると認められる。
これに対し、債務者は、抽象的、包括的に本件記事はいずれも真実であり、かつ、公共の利害に関する事実にかかるもので公益を図る目的に出たものである旨主張するが、真実性、公共性について同業他誌の本件記事内容と関連する記事のコピーを疎明資料として提出するにすぎず、みるべき立証をなさない。また、債務者が本件記事中の事実を真実であると誤信するについての相当な理由があったとの主張も立証もない。その他本件記事の真実性等を一応なりとも認めるに足りる資料はない。
右一4を含む前記認定事実によれば、本件記事は適切な取材等を行っていればおよそ間違う筈のない、補助金額、会社名、事故所在地等について明白な誤りをしていること、また、本件記事の表現形式は多くの箇所で伝聞様式がとられていることなどからすると、債務者は本来なすべき適切な裏付取材ないし独自の調査等を欠いたまま本件記事を作成したのではないかという強い疑いが残る。
したがって、債権者は債務者に対し、人格権に基づき名誉毀損を理由とする記事差止請求権を有するものと認められる。
2 保全の必要性について
本件申立ては、既にそのほとんどが頒布・販売された雑誌と同一誌の在庫品の執行官保管及び今後の販売差止めを求めるものである。債権者は、保全の必要性として債権者は、本件記事が債権者の営業に直接影響する内容であるから、今後バックナンバーとして、あるいは、追加注文として更に本件記事が市場に出回ることによって、民間企業からの発注が差し控えられたり、債権者の受注工事の約半数を占める公共工事についても指名から外されたり、行政指導の名のもとに指名辞退に追い込まれるおそれがあることを挙げている。
しかしながら、既に本件雑誌の大半が市中に頒布販売され、あるいは、何者かによって債権者の受注先に本件記事のコピーが郵送されていること(<書証番号略>)によって、債権者に精神的損害が発生したことは認められるが、後記の本件記事の信頼性等に照らすと経済的損害まで発生することは認め難く、仮にこれが認められるとしても、それはあくまでも頒布販売済の本件雑誌による損害であって、事後的救済が図られるべき性質のものであり、在庫品の更なる頒布販売による損害と区別しなければならない。
本件雑誌の在庫は既に一〇〇ないし二〇〇部程度に止まり、既に同誌の販売は終了し、在庫品の頒布販売の蓋然性はないものと認められること、しかも、本件雑誌は、さきに認定したとおり、その低劣な表現方法や取材の不完全性に起因すると思料される事実との明白な齟齬等に照らし、同誌に寄せられる社会の信頼・評価には自ずから一定の限度があるものと解せられるうえ、良識ある読者に与える印象も確信を抱かせるまでには到底至らないものと考えられることなどからすると、在庫品の頒布販売による債権者の被害の拡大の可能性は極めて乏しいと認められるので、債権者の本件申立てには、保全の必要性がないといわざるを得ない。
三 結論
以上のとおり、本件仮処分申立てはその保全の必要性を欠き理由がないこととなるから、いずれも却下することとし、申立費用について民事保全法七条、民事訴訟法八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官小野博道 裁判官納谷肇 裁判官藤田広美)
別紙一抹消箇所目録<省略>
別紙二記事内容一覧表<省略>